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移民と奴隷

1500年にポルトガルによってブラジルが“発見”されて以降、ポルトガルはアフリカ西海岸を中継地とし、アンゴラやベニン、コンゴ、モザンビークを植民地とし、そうした種族の異なるアフリカ人奴隷をブラジルに連れて行った。当時ブラジルは未開発の地であったため、そうした奴隷の労働力を欲していた。したがって同じアフリカ人でも言語や習慣も異なった種族がブラジルで出会った。当初彼らのある部族が違う部族をポルトガル人に“売った”こともある。また当時は違う部族同士で敵対するなどもあった。

なお、1815年にはウイーン会議で、ようやく奴隷貿易が禁止決定がされたが、奴隷制度そのものを廃止したわけではなかった。

アフロ・ブラジレイロ文化の開花 [編集]
1700年当時には“Zamba”、“Zambo”、“Zambra”、“Semba”と呼ばれる、奴隷達の娯楽音楽がすでにあったと記録されている。この頃から次第に違う部族同士がポルトガル語を強要され、また生活を共にすることから、その対立が融和されていった。

アンゴラの奴隷を中心としてカポエイラが生み出されたが、当初“タンボール”という楽器だけだったが、“アタバキ”、“ビリンバウ”、“パンデイロ”(アラブ起源といわれる)、“アゴゴ”、“ヘコヘコ”などが加わり、リズムの幅が豊かになった。

また、“ジョンゴ”、“マクレレ”、“タンボール・ジ・クリオゥラ”、“マシーシ”、そして“ルンドゥー”や“バトゥーキ”が生み出されていった。ルンドゥーは、もとは白人が庭先で舞踏会の振り付けを踊っていたものを黒人が真似したが、黒人の場合はもっと優雅にゆっくりと踊るのが特徴であった。

打楽器演奏であるバトゥーキにあわせてダンスする時に“ウンビガーダ”(ヘソ踊り)といい、ヘソをくっつけあうように腹をあわせて踊った。しかし、これを見たカトリック影響下にある白人たちにより、ウンビガーダはエロティックだとして踊るのを禁止されてしまった。

なお、サンバはリオに限らず他の都市でも息吹いていた。サンパウロではピラポーラ地区をはじめとして“コンガーダ”や“バトゥーキ”といった多様なリズムが生まれた。サンバはそれぞれの地域で異なるスタイルが生まれていた。

サンバの誕生とカルナヴァル [編集]
“Samba”という名称が初めて明らかになったのは、1938年にカトリックのLopes Gama神父が“Samba d'almocreve”と称して、奴隷の文化として新聞に紹介したことによるものである。神父は黒人の文化だけでなくポルカやワルツ、ルンドゥー・カンサゥンといった白人の文化も紹介している。

当時、黒人達はウンビガーダが禁止されたことで、名称をサンバと変えただけで、その踊りのスタイルもほとんど同じで続けていたという。この頃のサンバはアフロ文化に根づいたもので、現在のように洗練されたものでなかった。

ともかく、この神父のレポートによって多くの民俗学者が注目、これらは今日でも論文や調査報告となって残っている。

時代を経ると、サンバは多様化し、“サンバ・ルラゥ”、“サンバ・ジ・ホーダ”、“サンバ・ドゥーロ”、“サンバ・レンソ”など多くのリズムやスタイルが細分化していった。

カルナヴァル(カーニバル)は、ブラジルでもポルトガル人によって行われた。ドン・ペドロ2世も参加していたという。ただし当時のカルナヴァルは、カトリックによって粛々と行われるというイメージとは反し、宮殿内で水を掛け合うなどといった乱痴気騒ぎに近い祭りであったと記録されている。水は悪霊や災禍を追い払うという意味をもっていたためとされる。

また一般市民も路上で、水だけでなく灰や小麦粉などもかけ合い、ルールもなにもなかった。したがって時として喧嘩に発展することも往々にしてあった。しかしそれも後にレモン水や香料を入れた水をかけるようになっていった。このように、カルナヴァルでは人種や年齢など関係なくすべての人々が楽しんだ。

1763年にブラジルはサルヴァドール(バイーア)からリオデジャネイロ(以下リオと表記)へ遷都。次第にリオへ奴隷が流入される。

1800年代になると、カルナヴァルのシンボルとして“Rei Momo”(ヘイ・モモ、カーニバル王国の王様)が誕生。1850年に“ゼー・ペレイラ”というカルナヴァル伝説の男が誕生、ブロコ・コルドンィスといったグループが彼を讃えて行進した。しかし当時はまだ異なる人種同士が一緒にパレードすることはなかったといわれる。また、この頃には“タンボール”や“ボンボ”、“ザブンバ”といった楽器を使ってパレードを行うようになる。

1900年には奴隷制度が全廃。1902年にリオの都市整備計画が実行され、バイーアはじめペルナンブーコなど各地にいた奴隷たちがリオ市内に移住しはじめる。また現在のファヴェーラであるモーホ(丘)と呼ばれる居住区が形成されていった。

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2009年04月07日 13:01に投稿されたエントリーのページです。

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